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鍵屋資料館の概要

鍵屋資料館について

鍵屋外観鍵屋外観
 江戸時代の枚方は、東海道の延長部“京街道”の宿場町でした。また、伏見と大坂を結ぶ淀川舟運の中継港でもありました。
 旧枚方宿の町並みは、平成7年(1995)に枚方市の歴史街道モデル事業地域に指定されており、「市立枚方宿鍵屋資料館」は町並みのメインスポットとして平成13年(2001)7月に開館しました。水陸交通の要衝地として栄えた「枚方宿」の歴史を紹介する唯一の展示施設となっています。
 当資料館は、平成9年(1997)まで料理旅館であった「鍵屋」の建物を利用しています。京街道に面していた「鍵屋」は、江戸時代には宿屋を営み、また、幕末頃になると淀川 三十石船の「船待ち宿」としても繁盛しました。近代以降は、枚方きっての料理旅館として、枚方周辺の人々に宴席の場を提供してきました。
 敷地内には、枚方市指定有形文化財の「主屋」と「別棟」の2つの建物があります。19世紀初頭の町家建築の構造を残した「主屋」は、無料スペースとして公開しています。一方、「別棟」は昭和初期に改築された建物で、1階部分に枚方宿関係の史資料や発掘遺物、民俗資料、模型を展示しています。枚方宿の歴史を学べる展示施設であるだけでなく、歴史的建造物の中で往時の旅の雰囲気を体感し、また彫刻欄間や格天井など、料亭だった頃のしつらえを楽しむことができます。
 別棟2階の大広間では、歴史講座や伝統芸能の公演、ものづくり教室などの様々なイベントを開催しています。また、毎月第2日曜日に「ごんぼ汁」「くらわんか鮨」など、枚方にちなんだ料理を召し上がっていただける「大広間茶屋」があります。
 京都と大坂を往来した旅人の饗応の場でもあった枚方宿と鍵屋。当資料館は「もてなしの文化」を継承する拠点として、これからも様々な企画展示・イベントを企画していきます。

料理旅館「鍵屋」

料理旅館だった頃の鍵屋料理旅館だった頃の鍵屋
 当館の前身であった料理旅館「鍵屋」は、その創業を天正年間と伝えていました。しかし、これは定かではありません。史料の上では、安永2年(1773)、高槻柱本「くらわんか舟」の株仲間と枚方餅売り商人の間で起きた争論の際、作成された「御済配書写」の中に、鍵屋当主とみられる「鍵屋太兵衛」の名前が確認されます。
 江戸時代後期の鍵屋は、商人宿として記録され、比較的安価な宿屋でした。しかし、幕末には江戸町奉行方なども訪れており、格式の高い旅館に成長したと考えられます。
 江戸時代の淀川は、枚方側に食い込むように流れており、鍵屋が立地する堤町のあたりでも、屋敷のすぐ裏手が淀川河岸に面していました。そのため、この立地を生かし、淀川を往来する乗合船の“船待ち”を兼ねた宿屋が現れたようです。